「赤ちゃんを殺すことができなかった…」ある医師の”違法行為”から、特別養子縁組は始まった

2020.11.11

お知らせ

産んでも育てられない…その子ども達が行く場所は「施設」

駒崎:ところで、特別養子縁組や里親は家庭的養護というカテゴリーに入ると思いますが、里親や特別養子縁組の親に養育されない子どもはどこにいるんですか?

後藤:0~2歳くらいの乳幼児は乳児院、それ以降、原則として18歳までは「児童養護施設」という施設で暮らします。

駒崎:施設で大人数の子どものケアをまとめて行うのですね。

後藤:現在、国は家庭養育の推進に力を入れており、施設の小規模化が進んでいます。ユニット制といって5~6人が一つのブロックで暮らすというように。しかし、家庭に近い形だとはいえ、職員は当然ローテーションなので、ずっと同じ人がいる家庭とまったく同じとは言えません。

駒崎:そうですね。小さいとはいえ、家庭とは異なる環境です。施設の場合、特定の大人との愛着関係を形成しづらい。子どもの心身の健康な発達という観点からも、特定の大人との愛着関係は極めて重要です。

駒崎弘樹

とりあえず「施設」の国、日本

小川:世界的にも「家庭養育」は最も優先される選択肢です。養子縁組>里親>施設 が外国。しかし、現在の日本は真逆なんですよ。施設>里親>養子縁組の順番で、いまだに施設での養護が8割以上、里親と養子をまとめても全体の16%程度しかない。

駒崎:菊田医師が立ち上がり、一部の児童相談所が頑張り、民間も尽力してきた。にもかかわらず、日本ではまだまだ施設での保護一辺倒だったんですよね。

後藤:そうなんです。しかし2016年6月、児童福祉法が改正されました。その中で、それまでの「家庭的養護」という文言が「家庭と同様の環境」に変更されたのです。親が育てられない子どもは、できるだけ家庭に近い環境で育てよう、つまり、施設よりも里親や特別養子縁組を優先しようと、ついに明示されたのですね。

小川:ちなみにアメリカでは「妊娠したが育てられないかもしれない」となった時に、相談に行ける窓口がたくさんあります。例えば医者を訪ねれば、ソーシャルワーカーが大勢いて、相談者が抱えている問題についてソーシャルワーク(社会福祉援助)が行われます

特別養子縁組が良さそうだとなれば、特別養子縁組専門のコーディネーターが派遣され、養子縁組という選択肢を自然に提示するといった、ソーシャルワークをベースとした社会福祉がちゃんと機能しているんですね。

しかし日本では、カウンセリング機能がどこにもない。自分の子を育てられない人がいると、とりあえず施設へつなげてしまいます。行政の側にも、「とりあえず施設へ入れておけば死なないだろう」という考えがあるのですね。実の親にしても、いったん子どもが手元から離れてしまうので、いますぐに問題を解決しないで済むわけです。

海外では「家庭での養育」が主流

駒崎:アメリカにはもとから医療と福祉の連携があったのでしょうか?

小川:昔はありませんでした。1990年代後半、民主党のクリントン政権時に「福祉改革」がなされてからです。その頃のアメリカは、今の日本を想像していただけると分かりやすいでしょうか。つまり、虐待や育児放棄の犠牲になる子どもが増え、施設に入れられる子どもがどんどん増えていった時代です。

しかし、施設で多くの子どもの面倒をみるのは非常にお金がかかるため、経済的な動機もあり、家庭での養育、特別養子縁組を促進しようという方向になったのです。産みの親がどうしても赤ちゃんを育てられない場合は、「産まれる前から養子縁組という選択肢を提案すべき」という流れから、医療と福祉が繋がるようになりました。

後藤:もう一つ、海外で家庭での養育が推進された背景には、第二次大戦後にたくさんの戦争孤児がうまれたことも関連しています。子どもたちが孤児院などの施設で養育される中、「施設での集団養育は乳幼児期の子どもの発達にダメージを及ぼす」という児童養護の世界ではよく知られる調査研究がイギリスの研究者によって発表され、英語圏を中心に知られるようになりました。

発達の遅れや愛着障害を発症するリスクが高い施設型

駒崎:イギリスも元々は施設での養育が中心だったのですが、ホスピタリズムなどで有名な「子どもが施設で育った場合、その子どもは特定の大人との愛着関係を形成できず、心身の発達の遅れや愛着障害を発症させるリスクが増加する」という考え方や研究が欧米で蓄積され、政策に反映された結果、家庭での養育「養子縁組」に政策の舵が切られ、社会が変わっていったのですね。

そんな中、日本にようやく新しい法律が2016年末に誕生しました。「特別養子縁組あっせん法案」です。30年前に「特別養子縁組制度」ができて以来の、もっとも大きな変化といってよいですね。 

 

駒崎弘樹認定NPO法人フローレンス 代表理事 駒崎弘樹
1979年生まれ。東京都江東区出身。慶應義塾大学総合政策学部卒業。日本初の「共済型・訪問型」病児保育サービスを首都圏で開始、共働きやひとり親の子育て家庭をサポート。ほか、小規模保育園、障害児保育園などを運営。

内閣府「子ども・子育て会議」委員、厚生労働省「イクメンプロジェクト」推進委員会座長などを務める。

近著に「世界一子どもを育てやすい国にしよう」(ウェッジ、ライフネット生命CEO 出口治明氏と共著)など。2児の父。

「赤ちゃんのあっせん事業を、無償で行うべき」という矛盾

小川:あっせん法の成立を語るには、少し遡りますが、2009年に私が日本で事業を始めた当時からの流れをご紹介した方がよいですね。当時は主に民間の団体が特別養子縁組を行っていて、国といえば、「民間団体はお金をもらうな、お金はかけるな、アフターフォローをやれ、カウンセリングをしろ」と難しい要求ばかり突きつけてきました。公的な支援というものは一切ないにもかかわらずです。

「福祉はお金をとってはいけない、子どもの命に関わるとなればなおのこと」という風潮の中で、民間団体は職員も増やせない、ノウハウも蓄積できない、そのため規模も拡大できないと発展を阻まれる中。2013年に、ある事件が起こります。

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小川:特別養子縁組あっせん事業を運営するいくつかの民間団体が「高額な費用や寄付を募っている」と一部のメディアが報じ、「特別養子縁組のあっせんでお金を受け取るのは正当な対価なのか」という議論が巻き起こりました。

このとき、援護する駒崎さんらも巻き込み、ようやく「お金をとるなんて悪だ」という論調から、良い特別養子縁組を実現するために「必要なものは必要だ」と言えるようになってきたのです。

後藤:この騒動でよかったことは、特別養子縁組という手段で子どもの命を救っている人たちがいることを、世間の人々に気づいてもらえたことでしょうね。「福祉はお金をとるべきではない」という人と、「必要なことにお金はかかって然るべき」という人とで意見は二分されましたが、それまで特殊な家族の「秘め事」と思われていた「特別養子縁組」が、国や自治体が取り組むべき課題として、やっと認識されたのです。

また、社会も「赤ちゃんを育てられない親がいる」「施設で育たざるをえない子どもがいる」という現実を知り、今の状況こそおかしいのではないか、と気づく人が増えました。この事件は、その後の児童福祉法の改正に繋がったと思います。

インターネットやアプリで赤ちゃん縁組をおこなう団体の出現

駒崎:そんな中、2014年ごろからインターネットやアプリであっせんをする悪質な団体もでてきました。

小川:びっくりするとともに危機感を感じました。もちろん、アメリカでは「社会福祉ではお金をとっちゃダメ」という事は全くありません。そのかわり大前提として「心は使いなさい」と定められている。社会福祉とは「心を使って人と人とを繋げる、家族のあり方を助けることが使命」と定義されています。

しかし心が不在のまま、アプリで赤ちゃんと養親をマッチングするような団体が現れたことは、心底恐ろしい状況と案じています。このままだと様々な考えの方が勝手に養子縁組をやり始め、良い団体も悪い団体も出てきてしまう何でもありの世界になっちゃうよ!と厚労省にも官僚にも訴えています。

それまでの民間団体は、お金を取る取らないはあっても、良い縁組をしたいという方向性は同じでしたから、「アプリで縁組をすることの何がいけないの?」というスタンスの、まったく異質な団体が現れたことは、特別養子縁組の黎明期ならではのできごとだと言えます。

「赤ちゃん産んでくれたら200万円」の衝撃

駒崎:インターネットの赤ちゃん縁組は、親のスペックだけでマッチングし、時間をかけてカウンセリングすることを省略しています。そして生みの親には「赤ちゃんを産んでくれたら200万円!」といったある種人身売買を思わせる呼びかけでアピールしている。

団体の主張としては、「赤ちゃんの命はこのシステムで救えるし、良い親になるかどうかわからないのは、実子を産んだ夫婦だって同じ。何も悪いことはしていない」というもの。それを聞いたメディアも、そんなもんかなととらえている節があります。では、親のスペックだけでマッチングすることはなぜ問題なのでしょうか?

小川:養子縁組は、その子どもにとって、いい親かどうかが最も重要です。いい親かどうかは、決して年収や家の大きさ、学歴等で決まるものではありません。子どもは自己主張ができません。守ってあげなければならない存在です。ただ「受け皿があればいい」という養子縁組は非常に危険です。

実の親が育てることができなかった子、障害のある子、近親相姦で産まれた子、虐待を受けた子、色々な子どもがいます。何よりも子どもを優先してどんな背景を持つ親とマッチングし、その後も支援していくかが大切で、アプリではとうてい無理です。

環境は日々変化しますから、一つの通信手段としてLINEもSNSも使いこなす必要はあるけれど、それだけで縁組を行えるわけではない。マッチングには、必ず人の心が必要です。

誰でも養子縁組あっせんできちゃう状態

駒崎:残念ながら、メディアもある種宣伝に力を貸してしまっていますよね。オウム真理教事件の時も、無批判にメディアが取り上げることで信者が増えていった。メディアがいいものと悪いもののジャッジメントができていないことも問題の一つでしょうね。

後藤:最近、メディアがはっきりしたスタンスを取ると「上から目線だ」「意見の押しつけだ」「エリート啓蒙主義だ」などとバッシングされるため、メディアの側も萎縮している部分があると思います。でも、ただ相手の言い分を伝えるだけでは、結果的に賛同できない団体の宣伝に利用されてしまうという、「ミイラ取りがミイラ」のような事態になりかねません。

私は、マッチングをネット掲示板やアプリに頼るのは、ソーシャルワークの欠如だと思っています。「特別養子縁組あっせん法案」が施行されるまでの準備期間に「誰でも養子縁組あっせんできちゃう状態」はどうにかしなければならない。メディア側としての責任も感じます。

悪い団体がキックアウトされる「特別養子縁組あっせん法案」成立へ

駒崎:ソーシャルワークなき特別養子縁組は、特別養子縁組ではないということですね。こうした危機感が醸成されて2016年12月、ついに「特別養子縁組あっせん法案」が成立し、これからその枠組み作りが始まります。8年前から訴えてきて、小川さん、いかがですか。

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小川:「やっとか」という感じです。悪質なものに振り回され、子どもが被害を受けないためにも規制は絶対に必要ですし、本来とっくにあるべきでした。そして、良い団体に助成する仕組みがあれば、悪い団体がこんなに出てこなかったのにと悔やまれます。

今からでも「人を助ける」という視点でソーシャルワークができる団体にはしっかりお金を出してもらい、相談者がちゃんと良い団体にアクセスできるよう、修正していかなければ法律ができた意味がないとも思っています。

子どもを救う「特別養子縁組あっせん法案」とは

駒崎:この「特別養子縁組あっせん法案」の二本柱は「今まで誰でもできた届出制だったものを許可制にすること」、そして「ちゃんと良い団体に補助金を与え支援すること」ですね。悪い団体がキックアウトされれば良い団体が伸びます。

小川:一つ付け加えるなら、包括的な支援も必要なポイントです。望まない妊娠をした女性は最初から「養子縁組したい」とは相談に来ません。「赤ちゃんができたがどうしよう?」がスタートです。その時にまずは産婦人科医につなぐ、医療との連携が必要。出産直後は育てられないけどその後は育てられそう、となった時には行政との連携が必要です。

子どもを救うという意味では、里親しかり、行政しかり、医療しかりで、すべてを提案できなければいけないんです

後藤:たとえば、アメリカでは、州の認可を得ないと養子縁組事業ができません。団体はそこでまずふるいにかけられます。また、アメリカは養子縁組に関してハーグ条約に批准しています。公正で透明性の高い養子縁組をおこなうことを内外に約束しているわけです。その厳しい基準にもとづいてお墨付きを出す第三者評価機関もあります。これは安心マークのようなもので、相談者が団体を選ぶ時の材料になります。

駒崎:法案がうまく機能すれば、特別養子縁組制度がより整理されて、日本でも施設型養護への偏重から脱するきっかけになっていきそうですね。児童福祉法が改正され、児童相談所と縁組団体との連携が強化されることも、これらの背中を押しそうです。

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